大学院の初任給差は月3.67万円。それだけで2年間を説明できるか
2025年の新卒賃金は大学卒26.23万円、大学院卒29.90万円。平均差だけで22〜24歳の2年間を決めない。
学歴研究会偏差値表の外側を見る大学観察者月3万6,700円の差だけで、22歳から24歳までを決められるか
「理系なら大学院へ行った方がいい」という話では、給料が理由として出てきやすい。実際、厚生労働省の2025年賃金構造基本統計調査では、新規学卒者の男女計の賃金は大学卒が26万2,300円、大学院卒が29万9,000円だった。
差は月3万6,700円。単純に12倍すれば年44万400円になる。
院卒の方が高い。ここまでは統計に書いてある。
ただ、大学院へ進む人がM1とM2を過ごす2年間、学部卒で就職した人は働いている。大学卒の26万2,300円を、賞与も昇給もないという乱暴な仮定で24か月並べるだけでも約630万円になる。
もちろん、「院進すると630万円損する」という計算ではない。税、社会保険、賞与、昇給を入れておらず、学部卒と院卒では進む業界や職種も違う。研究経験へそのまま値札を付けることもできない。
だからこそ、初任給の3万6,700円だけでは2年間を説明できない。
統計が示すのは差であって、「院進の効果」ではない
大学卒26万2,300円と大学院卒29万9,000円の差は、2025年の新規学卒者を学歴別に集計した観察された差だ。同じ人を二人に分け、片方だけ大学院へ進ませた実験ではない。
大学院へ進む人は専攻も違えば、応募する職種も違う。研究開発へ進む人、ITへ進む人、企業規模や業界の違いも全部入っている。
したがって、「大学院へ行けば誰でも月3万6,700円分だけ給料が上がる」とは読めない。
数字が正しいことと、その数字から自分の因果関係を作っていいことは別だ。
院進を考えるなら、平均初任給より自分に近い数字が必要になる。
給料より先に、志望職種の入口が変わるかを見る
僕なら、院進を考えるとき最初に開くのは平均給与表ではなく、志望企業の募集要項だ。
研究開発、回路・デバイス設計、材料、高度な解析、一部のAI・ロボティクス研究職。職種によっては修士以上が標準的だったり、研究内容を詳しく問われたりする。一方、学部卒から応募できる技術職も多い。
志望企業を10社ほど開き、学部卒と修士卒で応募できる職種が変わるか、専攻条件があるか、研究経験が選考でどう扱われるかを見る。
修士へ進むことで自分がやりたい仕事の入口そのものが増えるなら、それは月3万6,700円より強い理由になる。
逆に、やりたい仕事へ学部卒でも応募でき、研究を続けたい理由も薄いなら、平均初任給の差だけで2年間を置く理由は弱い。
約630万円は損失額ではなく、二年間の大きさを見るための数字
大学院へ進むコストには、学費、生活費、そして働いていれば得たかもしれない収入がある。考え方としては自然だが、最後の項目を正確な「損失額」にするのは難しい。
約630万円は、大卒新卒賃金26万2,300円を24回並べただけだ。賞与も昇給も税引きもなく、2年間ずっと同じ給与という現実的でない仮定を置いている。
それでも、「院へ行くと就職が2年遅れる」という言葉を、数百万円規模の時間として実感するには使える。
同じ紙には、研究経験、共同研究、学会、専門職への入口も置く。ただし、それらに無理やり円の値札を付ける必要はない。
お金で測れるものと測れないものが混ざるから、院進の比較はきれいな損益計算にはならない。その不格好さを残した方が、むしろ判断を誤りにくい。
支援制度は、負担額と支払う時期を別々に変える
家計の理由で院進を考えるなら、奨学金や授業料後払い制度も見る必要がある。JASSOの授業料後払い制度では、修士相当の課程について授業料支援金が設定され、生活費奨学金も選択できる。
ただし、これは給付ではなく、原則として修了後に返還する仕組みだ。「制度があるから学費が消える」という話ではない。
一方、在学中に現金をいつ用意するかという資金繰りは変わる。
最終的にいくら負担するのか。在学中のいつ支払うのか。給付なのか貸与なのか。この三つを分けると、支援制度の意味が見えやすい。
家計が厳しいことと、院進の総コストが高いことも、同じ問題ではない。
6年で考えるなら、未来の学費も「決まっている分」は入れる
電通大では、2026年度時点の博士前期課程授業料が年53万5,800円だ。ただし大学は、2030年4月以降の博士前期課程入学者について年64万2,960円へ改定すると発表している。
2026年に学部へ入る学生が4年間で卒業し、そのまま修士へ進めば2030年入学になる。ちょうど改定対象だ。
将来の値上げを勝手に予想する必要はないが、すでに決まっている変更を無視する理由もない。
電通大の7割院進を6年間の生活として考えるなら、学部入学時の価格ではなく、自分が実際に修士へ進む年の公表済み条件まで見る。
「院進を2年追加する」という判断は、カレンダーを動かす判断でもある。
研究テーマの名前より、普通の火曜日を聞く
お金と求人条件だけでも、まだ2年間の中身は分からない。大学院生活を決めるのは、大学名より研究室の日常だからだ。
同じ専攻でも、教員の指導スタイル、ミーティング頻度、コアタイム、共同研究、学会発表、学生同士の距離感は違う。研究テーマが魅力的でも、毎日の過ごし方が合わなければ2年は長い。
研究室見学では、「普通の火曜日の午後、修士の学生は何をしていますか」と聞いてみる。
何時ごろ来るのか。週に何回ミーティングがあるのか。教員とはどのくらい話すのか。就活期に研究はどう進むのか。学会前はどんな生活になるのか。
パンフレットには研究テーマが載るが、自分が過ごす時間の大半は発表タイトルではなく普通の日にある。
二年間を買うなら、その日常を見ずに決める方が怖い。
院進率が高い大学ほど、「みんな行く」を理由から外す
周囲の多くが大学院へ進む大学では、院進が「次の学年」のように見える。友人が院試を受け、研究室の先輩も修士へ進み、学部卒就職の方が少数になることもある。
その空気は進路判断に影響する。
だから一度だけ周囲を消して考える。友人が全員就職するとしても研究を続けたいか。友人が全員院へ進むとしても早く働きたいか。
多数派に逆らうためではない。多数派を自分の理由と取り違えないためだ。
院進率は環境の説明にはなるが、個人の答えにはならない。
24歳の履歴書を二枚作る
迷ったら、院進する未来と学部卒で就職する未来を、同じ時間軸へ置く。
一枚には、22歳から24歳までの研究室の日常、学費と生活費、支援制度、修士で増える可能性のある職種の入口を書く。もう一枚には、同じ2年間の実務経験、給与、仕事で身につくものを書く。
最後に24歳時点の履歴書を二枚想像する。
片方には「修士研究2年」。もう片方には「実務経験2年」。
どちらの2年を自分の経歴に置きたいか。
大学院卒と大学卒の初任給差は、2025年の統計で月3万6,700円だった。それは判断材料の一つにはなる。
でも、22歳から24歳までの値段そのものではない。
参考資料 5
- 2025年 賃金構造基本統計調査 新規学卒者の学歴別にみた賃金 — 厚生労働省(確認 2026/8/31)
- 2026年度在学者用貸与奨学金案内(大学院) — 日本学生支援機構(JASSO)(確認 2026/8/30)
- 授業料後払い制度の貸与額 — 日本学生支援機構(JASSO)(確認 2026/8/31)
- 電気通信大学 入学料・授業料一覧 — 電気通信大学(確認 2026/8/31)
- 電気通信大学 2026年4月以降の授業料改定 — 電気通信大学(確認 2026/8/31)
